2017年07月18日

再発、手術予定前の診察が、

おっぱいガン友プロジェクトのニューポン浩美です。

2016年10月14日金曜日。
今日は10月28日に手術予定の前の診察日。
爽やかな秋晴れ、気持ちいい。今日のラッキーカラーは若草色。若草色のカーディガンとグリーン系のスカーフ。そして、黒のベレー帽、黒のライダーズジャケット、黒のロングブーツでいざ出発!
もちろん、私のガードマンのダーリンも一緒に同行です。(いつも有難う!)
川崎の駅のホームに立つと、トンボがスーッと飛んできてご挨拶。
「あ~、どこか自然の中に遊びに行きた~い」と思わせる陽気でした。
病院の診察室では、
イケメン先生が患部の状況を診て、薬で抑えられている状態だとのこと。
私は、「あと、2週間後の手術ですが、もう少し、薬で様子をみて、小さくなるかの可能性にかけてみてもいいでしょうか?」と提案してみた。
先生の返事はOKでした。
薬はしばらくすると効かなくなる。そうすると、いきなり細胞が大きくなってしまう人もいる。稀なケースではあるが。その後は、別の薬にして試してみる。
結果、あと1か月半、薬を飲んでみて、11月末の手術に延期になりました。
9月の段階で、よし!小さいうちに除去手術!!と決心していたにもかかわらず、時間が経ち、状況も変わってくると、気持ちも変化してきますね。
がん細胞が、大きく成長してきているならば、即=手術と考えますが、大きさは変わらず、薬の効果があるようなので、もう少し、薬を試してみようという気にはなってきました。
その方が、術後、仕事をしばらく停止してみたりとか、家事を誰かに任せたりとか、生活に支障をきたすことなく、とりあえず、スムーズに進んでいかれるからです。まさに、クオリティーオブライフを優先したわけです!


2017年07月11日

再発!まずは、薬で!!

おっぱいガン友プロジェクトのニューポン浩美です。

2016年8月、術後3年目にして、再発との診断を下された。
さて、治療法は?まずは、薬を服用して様子を見ることになりました。
8月8日~9月4日まで、女性ホルモン抑制剤を1日1回服用して続けてみる。
体温と同じくらいの暑い暑い残暑が続く3年前のはじめての手術入院のあの頃の気候、記憶が蘇ってきた。
9月5日月曜日、薬、服用後、約1か月後の再診。
気持ち~小さくなった感じ?大きくはなっていない感じ?
乳腺外科の受付を済ませると、コーディネーターのIさんが、待合の席にやってきて、「ニューポンさん、ホルモン剤、飲み続けていますか?ど~ですか?」
「ん~、そうは変わらないと思いますが、」と、私。
「大きくはなっていないですか?」と、Iさん。
「そうですね~」と、私。
なんて、やりとりのあと、月曜日はとてもとても待ち時間が長~く、1時間半程、ウエーティング!お決まりの待ち時間でしたので、1Fの売店のお気に入りのカフェでブランチ。サンドウィッチにカフェオレで診察前のブレイク!喉もお腹も一段落したところで、4Fの診察室まで。戻ってからも、しばらく待ちました。
ようやく、名前を呼ばれ、中へ。イケメン先生のいつもの声で、
「どうですか?変化はありましたか?」
「ん、、さほど、大きさは変わっていないと思いますが、」と、私。
主人の意向でその場で、簡易的なエコー検査をしてもらいました。主人と共に画像を見せてもらいながら、
「大きさは、5ミリ~6ミリぐらいですかね~。今は、周りに血液が寄ってきてはいないので感じとしては悪くないですね~」と、イケメン先生。
今後のプランとしては、もうひと月、引き続き、ホルモン剤を飲んで、もう少し小さくなるか様子を見て、大きくなる前に、シコリだけくり抜く感じの簡単な手術をしましょう、というところに、落ち着きました。
また、再度、自分の身体に、それも、大事な‘おっぱい‘にメスを入れることになるのは、正直、嫌だな~という気持ちはありました。ただ、今まで、自分の乳がんとの付き合い方と、乳がんの細胞自体の変化の仕方を検証してみると、かってのように放置しているよりは、やはり、小さなうちに除去していった方が良いのではという見解になりました。
普通に考えて、細胞が大きくなってからより、小さいうちの方が傷口も小さくて済むし、ダメージも少なくて済みますしね。
「よし!それでいきます!」と、晴れやかな気持ちで宣誓しました。


2017年07月06日

小林麻央さん、空の彼方に


おっぱいガン友プロジェクトのニューポン浩美です。

6月22日、小林麻央さんの訃報が日本中を駆け抜けました。
海老蔵さんが人生で一番泣いた日!とブログで発表。
まだまだ、幼すぎる、かわいい5歳の娘、4歳の息子を残して旅立っていってしまいました。それも、34歳という若さで、なんと無念の極みだったことでしょう。

2014年2月  人間ドックで乳がんの疑い。
2014年10月 乳がん発見、リンパにも転移。その後、肺、骨までに転移がわかった。
その後、入退院を繰り返しながら治療を続ける。
2017年6月  死去。

麻央さんは、乳がんの疑いに気づき、亡くなるまでの期間は3年と3か月でした。
他の臓器にも転移して増殖を続けるがん細胞、そのがん細胞の勢力をいち早く抑える、止めさせるための様々な治療を施したが、残念ながら、命を繋ぎ止める結果にはならなかった。間に合わなかった。
麻央さんの場合、がん細胞としては、攻撃的で進行性の早いタイプで、他の臓器も
浸食していってしまったのでしょう。
ご自身で、納得された様々な治療法に挑み、絶対に自分は生きていく!という、
強い希望を捨てずに、戦い、燃焼されたことと、私は思います。

麻央さんのご冥福をお祈りいたします。

乳がんという病気、ひとつとっても、
人により、症状、進行度、出会う医療機関、主治医により治療法は千差万別で
人其々、個人差はおおいにあると思います。
現在は病気に対しての治療の選択肢は多岐にわたり、医師のいいなりになるのではなく、自分の意志を持って選択できる時代になってきていると思います。
自分の病気、自分の身体は自分で責任を持つ。
そんな覚悟を持って、治療に臨む姿勢が、これからは大事なのではないでしょうか。